美術館という公共空間にある、オルタナティブな場所

話し手 竹久侑さん(水戸芸術館現代美術センター学芸員)

「リフレクション:映像が見せる“もう1つの世界”」「3.11とアーティスト:進行形の記録」など、社会とアートの関係を根底から問い直す展示の企画を担当してきた竹久侑さん。竹久さんは、2010年の高校生ウィークで「放送部!」の顧問として高校生たちに関わってきました。展覧会の担当学芸員による連携企画のはじまりとも言える「放送部!」を、竹久さんはどのように見てこられたのでしょうか。「放送部!」の部員でもあった生天目響子さんにお話を伺っていただきました。


自分自身が中高生のときに経験したこと。
その根幹にあるものを「放送部!」で提示したいと思った。

―― 高校生ウィークに関わりを持ったきっかけ・経緯を教えてください。

ちゃんと関わったという意味では、「放送部!」がはじめてですね。それまでは、カフェにチラッと遊びに来たりとか、打ち合わせをカフェでやらせてもらったりとか、そんな程度だったので、関わったっていう感じはあまりしてなかったです。

ちょうど「リフレクション:映像が見せる“もうひとつの世界”」っていう展覧会を、高校生ウィークが行われる時期に開催することがわかっていたので、森山(純子・水戸芸術館教育プログラムコーディネーター)さんからだったのか、私からだったのか、分からないけれども、「放送部をできたらいいんじゃないか」って話になったんです。

それはなぜかというと、私自身が放送部だったんですよね。私、中高一貫の私立校に行っていたんですけど、中1から高3まで放送委員会だったんですね。その経験が、今、美術館でキュレーターをしている自分の原体験に近いんじゃないかと思ってるんですよ。このふたつは一見ぜんぜん違うもののように思われるかもしれないけれども、自分自身が今こうしていることの礎が放送部の6年間に築かれたっていう実感があるんですね。

放送部の顧問の先生は、第二の母みたいに厳しく、愛してくれた人だったんです…私だけじゃなくて、部員全員を。ホントに、育てるためにいろんなことをしてくれたり、チャレンジさせてくれたりしたんですよね。その先生の言葉の中でも、特に心に残ってるのが、「あんたらマスコミが言ってること全部ほんまやと思ってるの?」。「えっ違うの!?」って思いますよね(笑) 中学の時には特にそう思った。「違うの!?マスコミって嘘付くの!?」って。

要は、マスコミで報道されることを代表として、世間一般で言われていることとか、自分が当たり前だと思っていることっていうのが、必ずしも当たり前じゃないことだってあるんだよっていうことを気付かせてくれたんですよね。私たちがふだん疑問に思っていないことに対して、一度疑問を差し挟む余地を自分の中に持った方がいいってことを教えてくれた。つまり、メディア・リテラシーですよね。

ふつう放送部っていうとお昼の放送をやってる印象くらいしかないと思うんだけど、私たちの活動は、番組を制作することがメインだったんですよ。形態としては、ドキュメンタリーの番組を毎年1本ずつくらい作って、NHK高校放送コンテストとかに応募する。ドキュメンタリー番組を作るために、「テーマは何か」とか「台本をどうするか」とか、そういうことを自分たちが考えなきゃいけない。そうやってテーマを考える中で、自分たちが普段思っていることとか、おかしいなって思ってることとか、もっと知りたいって思うこととかを考えるきっかけになっていく。中高生のときって、日常の中で思っていることをあんまり気にしないで、ただ自分の興味のあることをしがちだけれども、番組を作るなかで、言ってみれば、斜めから物事を見るような姿勢を、いつの間にか身に付けさせてもらった感じですね。

そういう中で、自分の根幹を作ってきたという感じがする。ちゃんと自分の頭で考えて受け止めるとか、疑問に思うっていうことはすごく大事だなって思って。で、それは美術の世界にもつながっている。作家もそういう姿勢で作品を作っていたりするし、展覧会を企画する立場であるキュレーターも、「今、このことが必要なんじゃないか」と思えることを提示していく。放送なのか、美術なのかという違いがあるだけで、全部、つながっていると思うんですよ。だから、映像を使った展覧会をする時に行われる美術館の教育活動で、「放送部!」っていう活動をすることで、「自分たちの身の回りに溢れているいろんな映像や情報に対して、一度疑義を挟む視線も必要じゃない?」って、提示したいと思ったんですよね。

「アジール」としての公共性。
オルタナティブな場を、開かれた公共空間の中につくる。

「放送部!」に関わって竹久さん自身が変化したことはありますか?

私自身が変化したことと言われて、すぐに思い浮かぶことはないけど、高校生ウィークの場がすごく重要だなって思いましたね。・・・自分の体験を通して、場の重要性を実感した、ということかな。

放送部は、私に、学校教育のカリキュラムの中では学べないことを学ばせてくれた。それと同じような役割が、高校生ウィークの中では可能なんじゃないかと思います。高校生ウィークでは、「放送部!」に限らず、いろんな「ブカツ」を通して、いろんな年代の人たちと結構密に話をする機会があったりもするじゃないですか。そういう縦のつながりができる。それは、普通に学校だけ行っていると、なかなか経験できないことなので、すごく貴重だと思います。

あと、何気なく来られるのがすごくいいですよね。「私、ここに入ります」って意志表明したうえで来なきゃいけないとなると、ハードルが高いところがある。だけどここは、期間は毎年限られているけれども、別にいつ来てもいいことになっているし。そんな中で最初から「ブカツ」に参加する人もいれば、そうではない人もいるけど。場所がある、扉が開いているっていうのがすごくいいと思う。

高校生ウィークって、あまり例のない取り組みなんですよね。海外のキュレーターとかが視察に来たときに案内すると、みんなすごく評価するんですよ。「これはすごい」って。もちろん海外でも教育プログラムは、いっぱいやってるし、日本にはないことを逆に海外でやってたりする。直接美術とは関係のないテーマについて、人が集まって議論するような場を開いたりするような所もある。政治的な…たとえば選挙について議論する場を開いているところもあったりする。その点で、公共性のある場を持つという意識は、海外の美術館のほうが強いと思います。

日本においては美術ありきでしか、美術館の活動とみなされない。やっぱり「美術を扱う場所」として美術館っていうのがある。だからその中で、高校生ウィークのように、ちゃんと美術としての性質を保ちつつも、一方で、いろんな人が来て何かを試みたり、人と関係を作ったり、それを通して自分自身を見直す機会になったりすることができる場所は、なかなかないと思うんですよ。しかもそれが高校生や大学生、若い人たちを対象にして行われているっていうのも、高校生ウィークの特徴なんじゃないかな。

高校生ウィークはどのような場だと思いますか?

私たちが日本人として生まれて、大人になっていく過程で、与えられる場所っていうと、ふつう、家庭と学校ですよね。そこで親と先生という大人に出会うわけだけれども、学校になじめないとか、別になじめてはいるけどなんかしっくりこないとか、そういう人たちもいるわけです。美術館という公立の施設のなかに「オルタナティブな場所」「もうひとつの場所」が作られていることで、そこが、既存の制度や場にうまくなじめないような子たちにとって、気軽に立ち寄れる居場所、逃げ場所のひとつになりうる。「アジール」と言ってもいいかもしれない。いまの社会においてそういう場所の必要性はとても高いと思います。親や先生以外のいろんな大人と接する機会というのもとても重要だと思います。

開かれた場所の可能性っていうのは、高校生ウィークとかアートプロジェクトを通してうまれる場所には、共通してあるものだと思います。学校や会社に行って家に帰るだけだと、生活はできるんだけど、生活としての厚みがないような感じがするんですよ。家族とか同僚以外に「仲間」と呼べる人たちがいることで、随分とその地域の中で生きている感覚とか実感とかが生まれるものだなって私自身思います。そこで生まれた繋がりって、全員が自発的に集まって来ているから、完璧に霧散することはないと思うし、そっくりそのままの集合体では残らなくても、その中でも少数の人たちの繋がりは持続していったりするじゃないですか。そういう人と人との繋がりが、生きていく上ですごく重要だと思います。

「活性剤」ではなく「受け入れ母体」

高校生ウィークは、そのような関係性が起こる「きっかけ発生装置」のようなものなのでしょうか?

「きっかけ発生装置」にもなると思うけど、高校生ウィークはアートプロジェクトとかのように1つの大きなプロジェクトを作り上げる過程でさまざまな関係性や活動を誘発していくような動態としての活性剤とはちょっと違う。それよりも、「場所」として静かに開かれてあって、毎年続いている「受け入れ母体」っていう感じがします。なにか事を起こす「活性剤」というよりは、いろんな人やことを受け入れる母なる存在という感じです。

高校生ウィークについて、最後に一言お願いします。

高校生ウィークのような取り組みが続けられる美術館って、すごいと思うんですよ。だから、続けられる芸術館でありたいって、思いますよね。




たけひさ ゆう
大阪府生まれ。水戸芸術館現代美術センター学芸員。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス修士課程クリエイティブキュレーティング修了。水戸芸術館での主な展覧会として「リフレクション──映像が見せる“もうひとつの世界”」、「大友良英『アンサンブルズ2010──共振』」ほか。「水と土の芸術祭2012」ディレクター。

聞き手:生天目響子/反訳:福井彩香文章:石田喜美/編集:小森岳史・森山純子写真:高羽秀美/写真提供:水戸芸術館現代美術センター
取材日:2013年3月28日 水戸芸術館にて