高校生だけでなく、自分のような大学生・大学院生にとっても学びの場

話し手:市川寛也さん(筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程芸術支援領域在籍、妖怪研究家)

高校生の頃は、水戸芸術館の展示を観に来たことも、高校生ウィークの存在も知らなかった市川寛也さん。市川さんは、筑波大学芸術専門学群芸術学専攻(芸術支援コース)に進学後、授業で高校生ウィークを調査したことをきっかけに、高校生ウィークで出会った人たちとともに、アートを「書くこと」に関する企画を立ち上げて、7年にわたり継続運営しています。そんな市川さんに、「芸術支援」という専門の観点から、どのように高校生ウィークに関わられているか、お話をうかがいました。

高校生の時は知らなかった高校生ウィーク。
その疑問と研究的関心が扉をひらく。

― はじめて高校生ウィークに関わられたのは大学生の時だそうですね。

市川:話は遡りますが高校3年生の時、「カフェ・イン・水戸2004」展の関連企画「Artless ART」展(2004年に、水戸芸術館とアートワークスギャラリーとの共同で実施された展示企画)に先生のすすめで参加しました。「Artless ART」展は、高校生が自分の選んだ作家の作品を家に持ち帰って、10日くらい一緒に生活して、感じたことを書き留めて作品と一緒に展示するという企画だったんですが、私は、人形作家の戸田和子さんの作品を選びました。そしたら大学に入学した翌年、水戸芸術館で開催された「われらの時代」展にその作家さんが出品していたので観に行きました。それまでは、水戸芸術館の展示を観に来る機会もほとんどありませんでした。

そこでアート・エデュケーター・プログラムをやっていらっしゃった林剛人丸(美術家・筑波大学技術専門職員)さんを大学つながりで紹介され、林さんに水戸芸術館の話を色々と聞く中で「高校生ウィークに来てみたら?」とすすめられて、2006年の「ダークサイドからの逃走」展のときに、高校生ウィークでカフェスタッフとして関わりました。現代美術を見慣れていなかったので、実際に展示を見て「こういう美術もあるのか」と衝撃を受けましたね。実際、カフェ会場も、「部屋の中に畑があるな〜」みたいな感じで、振る舞い方が分からない。そんな戸惑いの空間でもあったのですが、ゆっくり色々な話をしたり、水戸農業高校の高校生に教わりながらペットボトルの水耕栽培を作った記憶があります。

― 高校生ウィークを大学の授業で調査してから間もなく、高校生ウィークに企画を持ち込んでいますね?

市川:大学2年生の時、芸術支援の現場を取材して記事を書いて雑誌にするという授業で、高校生ウィークを取材して改めて見直してみようかなと思いました。私自身もそうだったのですが、地域の高校生たちは高校生ウィークを知らない。高校生に知られていない高校生ウィークってどういう状況なんだろう、という疑問もあって、まずは母校の水戸一高でアンケートを取りましたら、地域の文化施設としての認知度は茨城県近代美術館に次いで二番目に高い。でも、よく利用する生徒は1割にも満たない。美術の先生と色々お話しする中で、水戸芸術館に地域との温度差を感じていることや、地域還元的な視点を持つ高校生ウィークも現役高校生には浸透していない現実が分かって、研究関心と同時に、高校生ウィークが持つ芸術支援の現場としての可能性を、実践を通して高校生に伝える方法を探りたいと思いました。

もともと美術の先生になろうかなと思って大学に入ったのですが、「美術」や「図工」の授業数は減っているし、取り扱われる内容も実技がメインになっている印象があって・・・。個人的には、美術教育ってもっと多様で、学校教育の中の「美術」とは違う意味での美術との接し方があるべきだと思っていて・・・その、多様な美術教育のひとつの形、ひとつの可能性を、高校生ウィークの企画としてやっていけるといいかなという思いがありましたね。

2006年、高校生ウィークが始まる前の12月、母校の協力を得ながら、水戸のまち歩き+水戸芸術館を知る会を企画しました。これが芸術館にアプローチして組んだ一番最初の企画です。この時は美術部の高校生が参加してくださったのですが、そんな企画をする中で石田(喜美・常磐大学専任講師)さんと出会い、高校生に高校生向けのギャラリーガイドを書いてもらう企画を始めたのが2007年。

街歩きに参加した高校生4人に呼びかけ、その時やっていた「夏への扉−マイクロポップの時代−」展を対話形式で鑑賞して、芸術を言葉で記述するアートライティングのワークショップを2回やって、「高校生による感想ノート」という形でまとめました。さらに母校の先生に協力をお願いして、このギャラリーガイドを見ながら、また別の高校生が鑑賞するという美術の授業をやって頂きました。高校生ウィークのチラシには情報が載らない、本当に小さな企画だったんですけれども。

アートライティングのワークショップでは基本的に、高校生の書いた言葉を、そのまま受け容れるようにしています。ワークシート形式にして、対話型のギャラリートークで感じたことをメモして、それをもとに清書していくという手法ですね。学校の先生ではないので、添削や書き直しの指導はせず、参加者一人一人と話して「そういう言葉、拾うといいかもねー」と言うくらいですね。

― そこからさらに、企画を継続して行う今に至るまで、どのような展開があったのですか?

2007年に高校生たちとつくったギャラリーガイド「高校生による感想ノート」を読んで下さった松井みどり(美術評論家・「夏への扉—マイクロポップの時代—」展企画原案者)さんが、「高校生のこういう視点って結構いいね」っておっしゃったんです。その松井みどりさんの話にも後押しされ、高校生たちとギャラリーガイドをつくる企画を「高校生ウィーク2008」の正式な関連企画としてやることになり、「アートライティング」という企画を石田さんと本間(未来・CACギャラリートーカー)さんとともに立ち上げました。2007年にやった「高校生アートライター」という企画と、私が2004年に参加した「Artless ART」展をあわせたような内容で、高校生ウィークの会場とアートワークスギャラリーの「Artless ART」展をつなぐ試みとして「アートレスアートinカフェ」をやりました。この年には水戸芸術館現代美術ギャラリーで宮島達男さんの「Art in You」展が開催されていましたので、「高校生のための高校生によるArt in 『  』」というギャラリーガイドを作りました。これが初めてチラシに掲載された企画ですね。

この年は記録集をちょっと頑張って作りました。高校生アートライターとは?とか、活動の始まりからギャラリーガイドを作るまでの経緯、カフェで皆さんに書いて頂いた「アートレスアートinカフェ」の記録なども載せて。高校生とゲリラで消しゴムハンコワークショップをやりまして、それを元に一冊ずつ表紙が違う手作り感溢れるものを作って・・・こういう形でちょっとずつプログラム化というのを念頭に置いていきましたね。

2009年は高校生ウィークで初めて「ブカツ」が登場した年ですね。この年は、大人と一緒に何かモノを作り上げていく活動を「ブカツ」と呼んでいたので、アートライターの企画は「書く。部」として、「写真部」と「音部」とともに3つの「ブカツ」として始動しました。完成したギャラリーガイドはカフェで配布して、それを観た高校生に素直な感想を書いてもらって、来館者にはこんな自由な鑑賞の仕方でいいんだと思ってもらう・・・まぁ鑑賞支援ツールのひとつですね。

2011年は地震で出来なくて、2012年の「ゲルダ・シュタイナー&ヨルク・レンツリンガー(「Gerda Steiner & J?rg Lenzlinger — Power Sources」)展」では、おみくじの中に文章を書くというちょっと変わった形でやりました。2013年は「坂 茂(「坂 茂 建築の考え方と作り方」)展」だったので「書く。部」をお休みして、視点を街や建築に向け、街中で面白いと思う建築を探して建築地図を作る「面白建築研究会」という展開になっています。

ものの考え方や人との関わり方、活動をつくるうえで、
高校生ウィークはひとつの原点。

― 高校生ウィークに関わる中で、印象的だった出会いやエピソードがあったら教えてください。

市川:一緒に活動を創り上げてきた石田さん。それから、こういう実践的な場を通して、企画の作り方や人との関わり方を本当に勉強させて頂いたという意味で、芸術館の樋口(雅子・東北芸術工科大学広報室/元水戸芸術館現代美術センター教育普及担当)さんや森山(純子・水戸芸術館現代美術センター教育プログラム コーディネーター)さんとかですね。高校の美術の先生や生徒と関わることが、改めて美術教育を考える重要なきっかけになっていると思います。あと時間を作るのが大変でしたが、記録集を作れたのも貴重な経験だなぁと。

そういう意味で、印象に残っているのは、具体的なエピソードというより、ここに関わる中で出来てきた思想の土壌作りですね。学芸員業界は、モノを大事にするか、人を大事にするかで2つに分かれる所があって、教育普及では、モノの年代や作品の観方の正否など、啓蒙的な学習を求めるタイプの人が多い。でも、こういうすごくフラットな場で人と関わることもまた、芸術を広げていくうえで重要で、芸術のよき支援者を創出していくという意味での美術館の考え方、そういう礎が築かれているというのは大きいです。どんな活動をする上でも高校生ウィークはひとつの原点になっていて、高校生だけでなく、自分のような大学生・大学院生にとっての学びの場でもあるということですね。

別の文脈になるのですが、個人的には2008年の「カフェ・イン・水戸2008」の「妄想屋台祭り」(「きむらとしろうじんじん野点 2008+妄想屋台祭」)が私にとってはひとつの転換期でした。その頃から、私の妖怪研究に関して発信しはじめましたね。実際に街歩きをして妖怪を探そうという考え方は、「妖怪黒板屋台」を作る中で出てきましたからね。妄想屋台祭りに参加したのも、たまたま高校生ウィークに来た時に、たまたま「妄想屋台相談会」(「きむらとしろうじんじん「野点」デモンストレーション&妄想屋台相談会」)に参加したのがきっかけでした。あと一回だけ、持込み企画で妖精学者を呼んで、フェアリー協会の部会もやりましたね(笑)

― 高校生ウィークはどのような場であると思いますか?また今後、どんな場になったらよいと思いますか?

市川:「芸術支援」というものを考える上では、貴重で重視すべき事例の一つだなと思いますね。美術館の使い方、美術館と地域の繋がりなど、「本質的な意味での美術教育が目指すべきものは何か」とか、「ただモノを作るだけでなく人との関わり方もまた美術の役割なのではないか」とか、「芸術支援」をめぐる、さまざまな問いを投げかける貴重な事例だと思います。研究的な関心でいくと、高校生ウィークの会場は、ゆるやかで新しいコミュニティ作りの場としての可能性がある。今も十分そうですが、外から持込まれた企画について、企画者と芸術館側が折り合いをつけながら実現することができる、草の根的に実験を重ねていける場である、ということの意義は大きいかなと思いました。

高校生にとっては、活動の場を広げるひとつのきっかけになりますよね。学校の先生とは全然違う大人や他の高校の人、ちょっと上の年代の大学生と出会ったりすることで、自分の活動を広げるきっかけが得られる。学区が解かれて自由に動けて、エネルギーがある年代の高校生が街に出て、もっといろんな活動をすると、地域はもっと活性化すると思う。ここ数年の高校生ウィークは方法論が固まって成熟している感じがしますよね。もうすでに、そういう高校生もいるけど、今後はさらに、関わってくれた高校生たちがまた違う新しい企画を作って広がっていったら嬉しいなぁと思う。この場所に、学びは絶対にある。高校生ウィークが、カリキュラムにそって無理やりやらせる従来の学校とは違う、もうひとつの学びの場になっていく可能性はとてもあると思います。

いちかわひろや
1987年茨城県生まれ。筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程芸術支援領域在籍中。妖怪研究家。

聞き手:山口麻里菜 反訳:生天目響子 文章:中野詩  編集:小森岳史・森山純子 写真:石田龍太郎 動画:根本譲・石田龍太郎 写真提供:水戸芸術館現代美術センター
取材日:2013年3月17日 水戸芸術館現代美術センターにて


番外編

アーカイ部のインタビューは、聞き手のほかアーカイ部のスタッフが同席し、インタビュー終了後に質問大会&座談会となります。和やかな雰囲気の中、深い対話に発展することもしばしば。今回は特別に「番外編」として、インタビュー後に行われた質問大会&座談会の様子も紹介いたします。

外部からの持ち込み企画を受け容れられる風土は、
1990年代の歩みがあってこそ。

小森:美術館への企画の持ち込みは、そんなにすぐ認められるものなの?

市川:持ち込み企画を否定されたことはないですね。一般的な認識としては、ボランティアというのは美術館の教育普及活動の一環なので教育普及活動の「参加者」で、美術館の思惑通りに動いてもらわないと困るわけです。トークだったら決められた言葉しか喋っちゃダメといった風潮がある一方で、森山さんとか樋口さん、今は中野(詩・元水戸芸術館現代美術センター教育プログラム コーディネーター)さんとか、教育プログラム専門の方々がいるので、提案した企画を適正規模に調整してくださって、非常に受け入れられやすいという感じがあります。

小森:「ブカツ」が始まった時に、いきなりボン、と高校生ウィークの活動が広がった感じがしているんです。

森山:外部の方による持ち込みの企画が増えてきて、さらに美術部門のスタッフが提案する企画もあるので、別カテゴリーを作らないと他のワークショップとかとの差別化がちょっと難しいと思ったんですよね。あまりにたくさん企画がある年は、チラシに載せないのもあります。

小森:外部からも受け入れて、「やりたい」っていう気持ちを後ろから押してくれる姿勢が、高校生ウィークを面白く、独特なものにしてる感じがしますね。

森山:こちら側としては本当にただ受け容れるだけ、「いいよ」って言ってるだけなんですけどね(笑)。

小森・市川:そこがね、なかなか言えないですよ。

市川:ボランティアとは違う関わり方が許容されている状況っていうのは、美術館ではあまりないと思うんですよね。

森山:多分それは、1990年代に芸術館が歩んできたプロセスと、芸術館の姿勢全体とがあってこそのものだと思います。例えば、1990年代はギャラリートーク専門のボランティアでないと活動に関われず、それがパンクして一旦解散になりました。その教訓から、2000年代はギャラリートークとは別に、有志が集まれば、新しい活動を可能にしていった経緯があります。片方では1995年に小沢剛さんの「相談芸術大学」で、今でいう単発のプロジェクトに関わるボランティアが、既に何十人も集まり、自発的な活動を展開していました。

小森:脈々となるものがちゃんとあるってことですね。

学校文化的な語彙を使いつつ、
学校とはちょっと違った文脈をつくりだす。

小森:自発的に来る子と、呼びかけて来る子がいると思うんですけど、それはどうですか?

森山:混ざってますね。学校の先生が呼びかけのキーパーソンで。

市川:「ブカツ」に参加するのは、呼びかけに応じるタイプの子が多いので、逆にそこの回路を増やすという意味で「ブカツ」が機能してるんじゃないかなぁ。

小森:学校の文化とは違っても「学ぶ側/学ばせる側」という役割自体は、場所が違っても変わらないのでは?学校よりも自発的な学びの場とはいえ、ある程度大人が用意していますし・・・。

市川:いや、そこまでは意識はしないですね。逆に何も言わなくても高校生ウィークにとびこめる子には、ブカツは最早いらないんじゃないかとも思いますね。決められた成果や答えを目指す、学校的な学びとは異なる学びの場を提供したうえで、興味あればぜひ参加してください、と開かれた状況がブカツなので、その意味ではブカツという言葉を使っているのは象徴的かもしれないですね。

学校文化的な語彙を使いつつも、ちょっと違う文脈で…ということについては、意識してやってはいます。「書く。部」はあまり事前に用意をせず、その場に委ねちゃう所が大きい。展覧会自体は大人が用意しているという前提があり、どう観るかは個人個人の問題で・・・例えば学校の授業で鑑賞に来て、次の週にレポート提出と言われた時とは観方が絶対違う。自分なりの作品の観方や考え方、書いて発信する—時間をかけたその過程で、私や石田さん、ギャラリートーカーの皆さんと対話をするのは、おそらく学校の鑑賞教育では出来ない部分でしょう。高校生から言葉が出てくるのを待ち、書けなかったら書かなくてもいいことも含めて、受け容れ側の姿勢を重要視してますね。

森山:出てきたものを、どこまでも肯定する。それが「私は、表現して良いんだ」という所に繋がっていく、自信に繋がっていくんだと思う。

小森:やっぱり、「学ぶ側/学ばせる側」じゃなくて、フラットな関係の中で高校生から企画が出てくるといいですよね。

市川:そうですねぇ、次の段階としてそうなってくると面白いですよね。